生野コリアタウンは、大阪市生野区桃谷および鶴橋に位置し、御幸通商店街を含む3つの商店街(御幸通商店街、御幸通中央商店会、御幸通東商店会)で構成されています。2021年には「一般社団法人大阪コリアタウン」という名称が誕生し、この地域の正式な代名詞ともなりました。
御幸通の商店街一帯がコリアタウンということになります。
歴史あるコリアンタウンの商店街
御幸森神社の歴史ある地に根付く御幸通の3商店街は、約1600年の長い歴史を有し、東西500mにわたり約120の店舗が軒を連ねています。
歴史的に見ると、この地域は古代から百済野と呼ばれ、660年には多くの百済国人が移住してきた地とされています。奈良時代から平安時代にかけては百済郡が置かれており、仁徳天皇14年には猪甘津に橋が架けられたと『日本書紀』に記されています。
そして近代では猪飼野と呼ばれ、大正時代に市街化が進み、鶴橋公設市場が開設されたことで賑わいを見せ、国内の商店街として発展を遂げました。大正時代、大阪が「大大阪」と呼ばれる中で、朝鮮半島からの出稼ぎ労働者が多く集まり、その後の経済成長に寄与しました。戦時中、御幸通で商売をしていた店主たちが疎開した際、在日韓国・朝鮮人が商店を引き継ぎ、商店街が形成されました。
この地域は、韓流ブームの影響を受けて賑わっており、朝鮮半島にゆかりのある土地柄を反映して、百済門が建てられていることが特徴的です。1993年に「コリアタウン」という呼称が使われるようになり、それ以前は「朝鮮市場」と呼ばれていました。この呼称が使われるようになってから、各商店街には百済門や御幸通中央門が設置され、街の特色を際立たせる工夫がなされています。
賑わいをみせ、今のコリアタウンになっていった
その後、高度経済成長を経てコリアタウンとしての構想が持ち上がり、現在では多くの来街者が訪れる特色ある商店街としての地位を築いています。今日では、買い物客だけでなく、フィールドワークや社会見学、修学旅行の来街者も増え続けており、地域に寄与する商店街活動を展開しています。
2002年の日韓共催ワールドカップや韓流ブームの波に乗り、大規模なコリアタウンとして有名になりました。現在は地元民だけでなく、多くの観光客が訪れる地域となっており、「生野コリアタウン共生まつり」の開催などを通じて、さらなる知名度の向上を図っています。
日韓併合以降、特に済州島からの移住者が多く、朝鮮市場が形成されました。戦後、多くの済州島出身者が日本に渡り、生野区は在日韓国・朝鮮人の集住地となりました。日韓国交正常化以降もこの地域は発展を続け、21世紀に入ると日本国民にとっても魅力的な観光スポットへと変貌を遂げています。2021年には観光客のニーズに応え、公衆トイレが設置されるなど、便利なインフラが整っています。
鶴橋コリアタウンと生野コリアタウン一般的には?
はい、一般的にコリアタウンというと生野コリアタウンのことを指します。
鶴橋コリアタウンは鶴橋商店街という名称のほうが通っていますね。
アクセス
鶴橋駅・桃谷駅どちらからも行けます。
徒歩約10分程度。どちらから行っても商店街を通っていくので道中も飽きないと思います。急いでいきたい人はバイクシェアもいけますが歩いて行ったほうが楽しいかもしれません。